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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)366号 判決

原告

神戸・春日野墓地協会

右代表者理事長

近盛晴嘉

右訴訟代理人弁護士

下山量平

正木靖子

被告

岩崎修

右訴訟代理人弁護士

間瀬俊道

鈴木尉久

主文

一  被告が別紙目録記載の墓地につき使用権のないことを確認する。

二  被告は原告に対して別紙目録記載の墓地を明け渡せ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項ないし三項のとおり。

2  主文二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、神戸市中央区葺合町字一〇号六五番地墳墓地一万七八五一平方メートル(以下「春日野墓地」という。)の管理運営をガラス張りにして、同墓地の運営主体としての団体性をより明確にする趣旨の下に設立された権利能力なき社団である。

2  春日野墓地は、元来、熊内村、中尾村、生田村、脇浜村、小野村、筒井村、中村村の葺合七か村の住民の総有に属する共同墓地であった。

右住民は春日野墓地の管理・運営に当たる団体を構成し、墓地埋葬等に関する法律(以下「墓地埋葬法」という。)の制定前は、古くから墓地使用者であった右各村の有力者が持ち回りで管理者となって春日野墓地の管理・運営を行い、同法制定後は同法に定められた管理者が管理・運営を行ってきており、原告はその管理運営機関である。

仮に、右墓地の所有権が神戸市に属するとしても、神戸市は、住民に対する墓地使用権の設定・消滅を含む管理・経営権を原告に委ねている。

3  被告は、春日野墓地の一部である別紙目録記載の墓地部分(以下「本件墓地」という。)を占有している。

4  被告は、自己に本件墓地の使用権があると主張している。

5  よって、原告は、被告に対し、本件墓地使用権のないことの確認及び本件墓地の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、原告が権利能力なき社団であることを認め、その余は不知。

2  同2の事実は不知又は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

三  被告の主張

1  原告が明渡しを求める本件墓地の範囲が不明確であるから、訴訟物の特定がなされていない。

2  原告は、本件墓地の管理権を有することを根拠にその明渡しを請求しているが、被告は、本件墓地を通常の用法に従い利用しているだけであり、そのこと自体は、原告の墓地管理に影響を及ぼすことはないから、明渡し請求の根拠とならない。

四  抗弁

1  墓地使用の申込み

原告に本件墓地の管理権があるとすれば、被告は、原告に対し墓地使用について申込みをする。

この申込みに対し、原告は、正当な理由がない限り拒むことができないから、右申込みをした被告に対して本件墓地の明渡し請求をすることはできない。

2  権利濫用

被告は、原告と歓喜寺との間に墓地管理権をめぐる紛争があることを知らずに本件墓地の使用を開始したものであり、現在では管理権が原告にあるものとして原告に加入を申し出ており、また、原告代表者近盛は、歓喜寺に対する個人的な増悪の念から、その檀家である被告に対してまで、これを困惑・畏怖させるために本件訴訟を提起している。

したがって、原告の被告に対する本件墓地の明渡し請求は権利の濫用である。

五  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、原告が本件墓地使用を申し込んだ被告に対して同墓地の明渡しを請求することができないとの主張を争い、その余は認める。

2  抗弁2の事実は否認する。

六  再抗弁(抗弁1に対するもの)

本件墓地は使用申込者が多くて、空きがなく原告がその申込みを断っている状態であること、被告は法を守らずに管理者の許可を得ないで墓石を建てた者であること、原告の公正公平な規則に従った墓地経営に横槍を入れてくるような者が原告の経営に支障を及ぼすものであることは明らかであることなどから、原告には被告の申込みを拒む「正当の理由」(墓地埋葬法一三条)がある。

七  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一被告は、本件訴訟物の特定について、土地は地番によって特定されるのが通常であり、一筆の土地の一部の明渡しが問題となる場合には図面を併用して特定しなければならないところ、本件訴訟においては明渡しを求める土地の範囲が不明確であるから、訴訟物の特定がないと主張している。

確かに、一筆の土地の一部を特定する場合、図面等で基点を明確にした上、それから各地点への方位、角度、距離等を示して、その範囲を明確にすることが必要である。

しかし、本件では、墓地の一区画が問題となっているのであり、〈書証番号略〉の判決正本添付図面一、二によれば、本件墓地部分は番号・区番等により明確に区分され特定されて管理されているものと認められるから、必ずしも図面等で特定しなくても、その特定に欠けるところはないものと解するのが相当である。

したがって、本件訴訟物について土地の特定がなされていないとする被告の主張は採用することができない。

二請求原因1、2について

1  原告が権利能力のない社団であることは、当事者間に争いがない。

2  原告代表者尋問の結果及び〈書証番号略〉によれば、請求原因1、2記載の経緯で原告が設立されたことが認められる。

3  さらに、原告代表者尋問の結果及び〈書証番号略〉によれば、原告は、昭和五六年一月一九日付で近盛晴嘉を春日野墓地の管理者として神戸市に対して届出をし、これを同市によって受理されていることが認められるから、原告が春日野墓地の管理権を有することを神戸市によって承認されているものと解することができる。

一方、被告は、春日野墓地の管理権は歓喜寺に属すると主張していたが、原告と歓喜寺間における別訴において春日野墓地の管理権が争われた結果、原告にその管理権があるものとした判決が確定している。

そして、証人岩崎彰子の証言によれば、右判決確定の結果、被告は、歓喜寺に支払った本件墓地の使用料二五万円につき同寺から返還を受け、その後は本件墓地の管理権が原告にあることを前提に本件墓地の使用を原告に申し込んでいることが認められるから、被告においても本件墓地の管理権が原告に属することは認めているものと解される。

右認定の事実からすると、本件墓地の管理権は原告に属するものと認めることができる。

4  以上により、請求原因1、2の事実を認めることができる。

三被告は、仮に原告が本件墓地の管理権を有するとしても、管理権と所有権は異なるものであって、被告が本件墓地を通常の用法に従い利用している以上、原告の墓地管理に影響を及ぼすことはないと主張する。

しかし、原告は、被告が本件墓地を無権限で使用していることを根拠にその明渡しを請求しているのであるから、原告が本件墓地の管理権を有する以上、本件墓地の無権限の使用者に対して明渡し請求を行うことは保存行為として許されるものである。

そして、右無権限者に対する明渡し請求は、無権限者の占有の態様等によって明渡し請求の可否について影響をうけることがない。

したがって、被告の右主張も採用することができない。

四請求原因3、4の事実は、当事者間に争いがない。

五1  抗弁1(墓地使用の申込み)について

被告が原告に対して本件墓地使用の申込みをしたことは、当事者間に争いがない。

2  抗弁1に対する再抗弁(「正当の理由」の存否)について

(一) 墓地埋葬法一三条によれば、墓地等の管理者は、正当の理由がなければ、墓地等の使用の申込みを拒むことができないとされているが、これは埋葬等の施行が円滑に行われ、死者に対する遺族等関係者の感情を損なうことを防止するとともに、公衆衛生その他公共の福祉に反する事態を招くことのないよう、埋葬等について墓地等の管理者は「正当の理由」がない限り、これを拒んではならない旨を規定したものと解される。

「正当の理由」があるか否かは、右の趣旨に照し社会通念により判断すべきであるが、具体的には新たな埋葬等を行う余地がないこと、申込者が墓地等の正当な管理に支障を及ぼすおそれがあること等の場合は、右の「正当の理由」に該当するものと解することができる。

(二) 本件につき、右の「正当の理由」の存否について検討する。

(1)  原告代表者尋問の結果によれば、春日野墓地使用の申込者が多く、原告は、その申込みを断っている状態であることが認められる。

(2)  さらに、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨並びに〈書証番号略〉によれば、以下の事実が認められる。

ア  被告は、原告から初めて本件墓地の撤去を求められた昭和五九年当時、本件墓地の管理権は歓喜寺にあると信じていたため、原告に対して原告と歓喜寺間の墓地管理権をめぐる訴訟の決着が付くまで本件墓地の使用の継続を求め、原告はこの求めに応じた。

イ  そして、被告は、原告と歓喜寺間において原告が墓地管理権を有するとの判決が確定した後において、前述のように歓喜寺から墓地使用料として支払った二五万円の返還を受けた。

ところが、被告は原告から〈書証番号略〉の「通知書」を送付されて、本件墓地の撤去を求められたにもかかわらず、これに応じなかったため、本件訴訟が提起されるに至った。

ウ  被告は、当初の言を翻し、原告の墓地管理権について、原告と歓喜寺間の訴訟の決着が付いた後においてもこれを争っており、原告の墓地の正当な管理に支障を及ぼすおそれがある。

(3)  以上の点からすると、原告には被告の本件墓地使用を拒む「正当の理由」があるものと認められ、原告は、被告の本件墓地使用を拒絶することができるものと解するのが相当である。

したがって、被告は、原告に対抗できる本件墓地の使用権を有しないものというべきである。

3  抗弁2(権利濫用)について

被告は、原告が被告に対し本件墓地の明渡しを請求することは権利の濫用であると主張する。

しかし、〈書証番号略〉によれば、被告は自ら本件墓地上の墓石等を撤去して、本件墓地を明渡しの容易な状態に復しているものと認められ、このことに前記2(二)で認定判示した事情をも併せて考えると、原告の被告に対する本件墓地の明渡し請求が権利の濫用であると解することはできず、他に右請求が権利の濫用となるような事実を認めることができない。

したがって、被告の右主張は採用することができない。

六よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官小島正夫 裁判官影浦直人)

別紙目録

神戸春日野墓地二一区八八七号

墓地面積 2.822平方メートル

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